徹底解説[省エネ・断熱]高橋彰氏
(日本ERI 省エネ推進部 副部長 兼 経営企画部 専門部長)

更新日2016年11月11日

2016年は戸建住宅における断熱性能向上に向けた大きな転換期

徹底解説 省エネ・断熱 高橋 彰氏 日本ERI 省エネ推進部 副部長 兼 経営企画部 専門部長

建築物の省エネ基準への適合義務化は段階的に進められ、2020年には、戸建住宅も対象になる予定だ。それに先立ち、建築物省エネ法7条により、不動産事業者などに対し住宅・建築物への省エネ性能表示の努力義務が課されることになった。今回は、建築物省エネ法の概要と省エネ性能の表示制度、省エネ性能向上の意義などについて、日本ERIの高橋彰氏に聞いた。

取材・文=建築知識編集部 写真=渡辺慎一

業界標準は UA値0.6以下に

─建築物省エネ法の一部が施行されましたね。

2015年7月に“建築物省エネ法”が公布されました。この新法は、誘導措置と規制措置で構成されています。’16 年4月からは誘導措置が施行され、住宅・建築物の販売・賃貸事業者に対して、省エネ性能の表示や取引先に対する説明の努力義務が課されました。’17 年4月(予定)からは規制措置が施行され、2千㎡以上の非住宅建築物に対して、省エネ基準への適合が義務化されます。加えて、’20 年までには戸建住宅も対象になることが閣議決定されています。

─国が建築物の省エネ義務化を推進する理由を教えて下さい。

住宅を含めた建築物の省エネ化は、実は日本が主要先進国のなかで最も遅れています。制度面では2つの面から遅れており、第1に、主要先進国で日本だけが省エネ基準への適合が義務化されていません。欧米は戸建住宅も含めてすでに義務化されていますし、韓国でも500㎡以上の建築物は義務化されています。日本では努力事項であり、いまだに新築住宅の約半分は省エネ基準に適合していません。
第2に、日本の省エネ基準そのものが主要先進国中、最も低い水準に留まっています。窓の断熱基準は、ドイツでは熱貫流率が1.3 W/㎡・K、米国は北部で1.70 W/㎡・K、中南部では1.99 W/㎡・K以下です。一方、日本の基準は4.65W/㎡・K(おおむね宇都宮・いわき以南)です。同じ気候区分で、また、中国や韓国と比較しても、わが国のほうがかなり低い基準です。
’15 年末にCOP21が開催され、パリ協定が採択されました。採択国は温室効果ガスの削減に関する約束草案の履行が求められます。日本の約束草案では、住宅・建築物の部門がほかの産業部門に比べて突出して大きな削減率が設定されています。つまり国は、住宅・建築物の省エネ化の余地が他部門などよりも大きいと考えています。

─関連する動きとして、国は住宅の省エネ性能と居住者の健康との因果関係を調査しているようですね。

あまり知られていませんが、水に溺れて亡くなる人の数は、冬のほうが夏よりも圧倒的に多くなっています[図1]。実は溺死の多くが、住居内の大きな寒暖差によるヒートショックに起因して、浴室で起きているのです。家庭での溺死者数は増加傾向が続いており、’08 年には年間約4千人となり、ついに家庭の不慮の事故による死亡者数で種類別の最多になりました。死亡統計上では「心疾患」扱いされている「入浴中の急死」数も含めると年間約1万4千人になるという推計もあります。東京都健康長寿医療センターの調査では、都道府県別の入浴中のヒートショックの発生率が最も高いのが香川県、下位から2番目が北海道です。高気密・高断熱化の先進地域である寒冷地は、むしろ温暖地に比べて発生率が低い、という点にも注目すべきです。
住宅の断熱性能と健康との関係については、国も関心を示しており、昨年度から補助事業を活用したエビデンス収集も始められています。今後の国の対応が注目されるところです。

─今後の住宅に求められる省エネ性能とは?

建築物省エネ法の判断の基準である「建築物エネルギー消費性能基準」は、2つ前の省エネ基準である平成11年基準(次世代省エネ基準)から計算ロジックが大きく変わっており、一次エネルギー消費量(BEI)を算出する必要がありますが、要求される性能レベルはあまり変わっていません。欧州の国々がおおむね3~5年ごとに基準を改正し厳格化を進めているのに比べて、その差はどんどん拡大しています。
’20 年までに省エネ基準適合を考えている設計者の方が多いようですが、ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及を意識して早急に対応を考えることが必要だと思います。経済産業省は「’20 年までに標準的な新築住宅でZEHを実現することを目指す」としています。大手ハウスメーカー各社も積極的にZEHを標準化する方向で準備を進めています。経産省のZEHの定義では、4~7地域でUA値(外皮平均熱貫流率)0.6W/㎡・K以下が要求されています。省エネ基準の0.87W/㎡・Kよりもかなり高い断熱性能の住宅が、大手ハウスメーカーの住宅では標準になろうとしているのです。
国は、建築物省エネ法7条で「省エネ性能の表示努力義務」を定めて、消費者が省エネ性能で住まい選びをするような制度の普及促進を図っています。そのため、工務店などの住宅も0.6W/㎡・Kレベルの住宅と競争しなければならなくなります。’20 年までに省エネ基準に適合させるという意識では、業界から取り残されるリスクが高いと言えるでしょう。

─ZEHは健康にも好影響をもたらしますか?

はい。先ほども述べた、断熱性能と健康との因果関係からも、省エネ基準レベルの断熱性能では不十分であるということは理解できます。近畿大学建築学部長 岩前篤教授の研究によると、断熱性能向上はアレルギー・喘息などの症状を緩和させるという傾向が明らかになっています。図2では、アレルギーや喘息などの症状が出ていた人のうち、転居した後に新居で症状が出なかった人の割合を「改善率」として示しています。この調査結果によると、断熱性能がより高い住宅を新築したグループのほうが改善率が高く、省エネ基準レベルの住宅では不十分で、温暖地でも北海道レベルの断熱仕様のほうが望ましいことが分かります。
医学的にはこの理由は立証されていないようですが、結露に起因していると言われています。断熱性能が低い家には結露が生じてカビが発生し、カビがダニの餌になり、カビやダニがアレルゲンとなる。そのためアレルギーや喘息などの症状を引き起こしやすくなるというメカニズムのようです。

図1 冬期に溺死者数が多いという事実

感泣亭 2008年における月別の溺死者数を示すグラフ。夏期よりも冬期のほうが多いのは、浴槽内での死亡が多発しているため。室内の寒暖差が拡大する冬期において、居室と浴室との移動において、急激な温度差を体が感じることで生じるヒートショックを起因とするものが多いと推測される

図2 住宅の高気密・高断熱化は健康の改善につながる

平面図[S=1:300] 住宅を新築した24,000人に対するアンケート調査の結果。断熱性能が向上するにつれて、改善率が高まっていることが分かる。特に、北海道仕様(樹脂サッシ+複層ガラス)では改善率が著しく、断熱性能の向上が健康改善に大きく寄与することを示している
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