徹底解説[ 省エネ・断熱(住宅編)]岩前篤氏(近畿大学)(2ページ目) 更新日2016年06月07日 日本の家で軽視されがちな「寒さ」が引き起こすリスク ─家づくりにおいて、夏の暑さ対策は不要なのでしょうか? 古来日本の住まいでは夏の快適性が視されていました。明治時代半ばあたりまでは、死亡率が最も高い時期は夏だとされていましたが、これは、夏の暑さで食材が傷み、食あたりで命を落とす人が多かったのが理由ではないかと考えられています。しかし現代では、冷房機器の利用や窓への遮熱シートの設置、外付けブラインドの活用などで、夏の暑さはかなり解消できるようになりました。 冬の寒さのリスクは一般に考えられているよりも大きく、月別の死亡者数を見ても、寒さが厳しくなる 月から2月ごろが最も多くなります。また、溺死、転倒、窒息といった家庭内事故で亡くなる人の割合も、冬が最も高くなります。家庭内の事故で死亡する人は年間1万人以上にも上り、これは、交通事故で死亡する4373人(’13年)をはるかに超える数字です。昔から「寒さは万病のもと」といわれていますが、室内を温かく保つことは、健康かつ安全に暮らすためにとても重要なことなのです。 ─寒い家で生活することには、具体的にどんな弊害が考えられますか? 心臓発作や脳卒中の原因となる冬期のヒートショック現象はよく知られています。特に高齢者には我慢強い人が多いので、住まいの寒さを深刻に認識しないケースがよくあります。 就寝時に暖房の運転を止める家庭が多く、冬場の深夜や早朝では、温まった布団のなかの温度と冷え切った室温の差が20°C近くになることもあるのです。これだけの温度差が生じると、夜間に目が覚めても、寒さでトイレに行くことさえおっくうになり、体によくありません。さらに、昔ながらの住まいの場合、廊下・浴室・トイレと、暖房の効いた室温との温度差は、15°C近くになります。こうした温度差によって、そこに住む人たちの心身がストレスを受け続けるわけです。 実際、新たに高断熱住宅に入居された方たちから、「前の家は寒かった」「夜のトイレや朝の着替えが楽になった」「暮らしがおっくうでなくなった」という声をよく聞きます。高断熱住宅に移ることで、これまで無意識に我慢を重ねていたことを初めて自覚するのでしょう。冬の冷気は体力を奪い、免疫力を下げるおそれもあります。高断熱住宅に住むことで、快適であるだけではなく、健康に暮らすこともできるようになるのです。 ─具体的には、どのくらいまで断熱性能を高めれば、健康改善に効果があると考えられますか? 平成25を参照すると、関東や中国、四国、九州の一部が地域5〜6に区分されており、断熱性能の指標をQ値[※2]で考えると2.7となります。これは省エネを目的とした基準ですが、健康改善を目的とするなら、温暖地の地域6でもQ値1.9以下の断熱性を実現することで、効果が上がると考えています。 現在の住宅は、複層ガラスやアルゴンガス封入の窓、高断熱仕様のドアなどで、開口部の断熱性能がかなり改善されています。Q値1.9以下の数値の実現は、施工方法はそのまま、より性能の高い断熱材に変更するだけでも十分可能でしょう。内部を真空化した「真空断熱材」など、厚みを抑えつつ、従空断熱材」など、厚みを抑えつつ、従れています。 ─住まいの断熱性能を上げることで、コスト的な負担が大きくなるのではありませんか? 高性能な断熱材を使用することで、イニシャルコストは当然割高になりますが、入居後の暖房費などのコストが下がるので、ランニングコストは抑えられます[図3]。住宅性能表示における温熱環境に関する省エネルギー対策等級ごとに示していますが、等級が上がれば上がるほど暖房費は下がり、低コストで家全体の室温を快適に保てることが分かります。 理論上ではQ値1.0以下になると、無暖房生活が可能だとされています。ただし、省エネルギー基準の地域5〜6でQ値1.9以下を実現するだけでも、現状よりもかなり暖房費を抑えることができるはずです。 さらに、諸症状の改善で医療費も低減すると考えれば、15年程度でかけた費用を回収できると試算しています。日本ではこれまで、部屋ごとに必要に応じて暖房器具で室内を暖かくする「採暖生活」が主流であり、断熱性能については軽視されがちでした。とはいえ、「家全体を常に暖かくしておくと健康改善につながる」といわれても、24時間暖房器具を作動させるのは現実的ではありません。これからは欧米のように、建物に断熱材をしっかり施し、最低限の暖房器具で室内を一定温度に保つ「暖房生活」に切り替えるべきでしょう。なかでも高断熱を大前提として、少ないエネルギーで室温を一定に保つ全館空調は、「暖房生活」に適した設備ということができるでしょう。 ─これまで建物の断熱性や気密性は、主に「省エネ」という視点で語られてきました。これからは「健康改善」という視点も必要ということですね。 「省エネ」より「健康改善」のほうが、一般的にも実感しやすいのではないでしょうか。これから家を建てる方に「省エネのために断熱性能を上げましょう」と提案しても、具体的なイメージがつかめず、抵抗感がある人も多いのですが、「健康に暮らすため」に高断熱を提案すると、納得していただけるケースが多くあります。これからの住まいは、「健康改善」がキーワードになると思っています。断熱性能のメリットを住み手に理解してもらうために、「健康改善」のキーワードを伝えていくことが、建築関係者にも必要になっていくのではないでしょうか。 断熱リフォームを行ったある家に住む人の生活を調査した結果、1日の総運動量が、リフォーム前は日によってばらついていたのに対し、リフォーム後はばらつきが改善され、平均化されたという結果も出ています[図4・表]。これはおそらく、リフォーム前の家では寒さが厳しい日には体を動かさない、暖かい日には動かしていたということだと思います。断熱性能を上げることで家全体が温まり、外気温に関係なく活動するようになったということでしょう。断熱リフォームを行い、温熱環境が改善された結果、日々の行動が規則的になったとも考えられます。 運動量を外気温に影響されないようにするためには、高断熱によって家全体を温める「断熱生活」が必要なのです。 ※2 Q値とは、熱損失係数のこと。単位はW/m2k。住宅の断熱性能を数値的に表し、値が小さいほど断熱性能が高い 図3断熱性能と暖房費 断熱性能の等級ごとに、全館連続暖房と各室間欠採暖(必要な部屋ごとに暖房をいれた場合)の光熱費を示した。等級が上がると、全館連続暖房の暖房費が大幅に下がる 図4奈良県F邸 居住者の運動量 表リフォーム改修前後の運動量の平均とばらつき 総消費量や運動量、歩数の日平均値は、改修前後でそれほど変化は見られない。一方で、改修後の1日ごとのばらつきを示す数値(1日ごとの値に基づく標準偏差)が、小さくなっている点に注目したい 次のページ 気軽かつローコストな部分的断熱リフォーム 1 2 3 この記事は会員限定です。会員登録後、ログインするとお読みいただけます。 一覧へ戻る 他のカテゴリの記事を読む 徹底解説 住宅ローン 構造 耐震 省エネ 法規 業界 BIM CAD その他
日本の家で軽視されがちな「寒さ」が引き起こすリスク
─家づくりにおいて、夏の暑さ対策は不要なのでしょうか?古来日本の住まいでは夏の快適性が視されていました。明治時代半ばあたりまでは、死亡率が最も高い時期は夏だとされていましたが、これは、夏の暑さで食材が傷み、食あたりで命を落とす人が多かったのが理由ではないかと考えられています。しかし現代では、冷房機器の利用や窓への遮熱シートの設置、外付けブラインドの活用などで、夏の暑さはかなり解消できるようになりました。
冬の寒さのリスクは一般に考えられているよりも大きく、月別の死亡者数を見ても、寒さが厳しくなる 月から2月ごろが最も多くなります。また、溺死、転倒、窒息といった家庭内事故で亡くなる人の割合も、冬が最も高くなります。家庭内の事故で死亡する人は年間1万人以上にも上り、これは、交通事故で死亡する4373人(’13年)をはるかに超える数字です。昔から「寒さは万病のもと」といわれていますが、室内を温かく保つことは、健康かつ安全に暮らすためにとても重要なことなのです。
─寒い家で生活することには、具体的にどんな弊害が考えられますか?心臓発作や脳卒中の原因となる冬期のヒートショック現象はよく知られています。特に高齢者には我慢強い人が多いので、住まいの寒さを深刻に認識しないケースがよくあります。
就寝時に暖房の運転を止める家庭が多く、冬場の深夜や早朝では、温まった布団のなかの温度と冷え切った室温の差が20°C近くになることもあるのです。これだけの温度差が生じると、夜間に目が覚めても、寒さでトイレに行くことさえおっくうになり、体によくありません。さらに、昔ながらの住まいの場合、廊下・浴室・トイレと、暖房の効いた室温との温度差は、15°C近くになります。こうした温度差によって、そこに住む人たちの心身がストレスを受け続けるわけです。
実際、新たに高断熱住宅に入居された方たちから、「前の家は寒かった」「夜のトイレや朝の着替えが楽になった」「暮らしがおっくうでなくなった」という声をよく聞きます。高断熱住宅に移ることで、これまで無意識に我慢を重ねていたことを初めて自覚するのでしょう。冬の冷気は体力を奪い、免疫力を下げるおそれもあります。高断熱住宅に住むことで、快適であるだけではなく、健康に暮らすこともできるようになるのです。
─具体的には、どのくらいまで断熱性能を高めれば、健康改善に効果があると考えられますか?平成25を参照すると、関東や中国、四国、九州の一部が地域5〜6に区分されており、断熱性能の指標をQ値[※2]で考えると2.7となります。これは省エネを目的とした基準ですが、健康改善を目的とするなら、温暖地の地域6でもQ値1.9以下の断熱性を実現することで、効果が上がると考えています。
現在の住宅は、複層ガラスやアルゴンガス封入の窓、高断熱仕様のドアなどで、開口部の断熱性能がかなり改善されています。Q値1.9以下の数値の実現は、施工方法はそのまま、より性能の高い断熱材に変更するだけでも十分可能でしょう。内部を真空化した「真空断熱材」など、厚みを抑えつつ、従空断熱材」など、厚みを抑えつつ、従れています。
─住まいの断熱性能を上げることで、コスト的な負担が大きくなるのではありませんか?高性能な断熱材を使用することで、イニシャルコストは当然割高になりますが、入居後の暖房費などのコストが下がるので、ランニングコストは抑えられます[図3]。住宅性能表示における温熱環境に関する省エネルギー対策等級ごとに示していますが、等級が上がれば上がるほど暖房費は下がり、低コストで家全体の室温を快適に保てることが分かります。
理論上ではQ値1.0以下になると、無暖房生活が可能だとされています。ただし、省エネルギー基準の地域5〜6でQ値1.9以下を実現するだけでも、現状よりもかなり暖房費を抑えることができるはずです。
さらに、諸症状の改善で医療費も低減すると考えれば、15年程度でかけた費用を回収できると試算しています。日本ではこれまで、部屋ごとに必要に応じて暖房器具で室内を暖かくする「採暖生活」が主流であり、断熱性能については軽視されがちでした。とはいえ、「家全体を常に暖かくしておくと健康改善につながる」といわれても、24時間暖房器具を作動させるのは現実的ではありません。これからは欧米のように、建物に断熱材をしっかり施し、最低限の暖房器具で室内を一定温度に保つ「暖房生活」に切り替えるべきでしょう。なかでも高断熱を大前提として、少ないエネルギーで室温を一定に保つ全館空調は、「暖房生活」に適した設備ということができるでしょう。
─これまで建物の断熱性や気密性は、主に「省エネ」という視点で語られてきました。これからは「健康改善」という視点も必要ということですね。「省エネ」より「健康改善」のほうが、一般的にも実感しやすいのではないでしょうか。これから家を建てる方に「省エネのために断熱性能を上げましょう」と提案しても、具体的なイメージがつかめず、抵抗感がある人も多いのですが、「健康に暮らすため」に高断熱を提案すると、納得していただけるケースが多くあります。これからの住まいは、「健康改善」がキーワードになると思っています。断熱性能のメリットを住み手に理解してもらうために、「健康改善」のキーワードを伝えていくことが、建築関係者にも必要になっていくのではないでしょうか。
断熱リフォームを行ったある家に住む人の生活を調査した結果、1日の総運動量が、リフォーム前は日によってばらついていたのに対し、リフォーム後はばらつきが改善され、平均化されたという結果も出ています[図4・表]。これはおそらく、リフォーム前の家では寒さが厳しい日には体を動かさない、暖かい日には動かしていたということだと思います。断熱性能を上げることで家全体が温まり、外気温に関係なく活動するようになったということでしょう。断熱リフォームを行い、温熱環境が改善された結果、日々の行動が規則的になったとも考えられます。
運動量を外気温に影響されないようにするためには、高断熱によって家全体を温める「断熱生活」が必要なのです。
※2 Q値とは、熱損失係数のこと。単位はW/m2k。住宅の断熱性能を数値的に表し、値が小さいほど断熱性能が高い図3断熱性能と暖房費
図4奈良県F邸 居住者の運動量
表リフォーム改修前後の運動量の平均とばらつき